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アキバでメイドの夢を見る

Part.20 遷ろう



気が付けば午前2時。
当たり前のことが当たり前に出来なくなってから何日経過したのだろう。


中学3年生の春に、所属していた部活動の部長になることが決定した。小学生のころから、学級委員や生徒会的なものを任されがちだったので特段驚くこともなかった。そこが思えば人生の初めての起点だったと思う。いい子に、言われたことをきちんと出来ていた自分が、意思を持った初めての起点。
自身が所属していた部活動は、顧問もほとんど顔を出さなかったし、歴代でも何か結果を残したりしているわけではなく、生ぬるい空気が常に漂っていた。それでも一応地区大会やらにエントリーはするもんで、自身は部長になったこともあり、当たり前以上の責任感を持っていて、今思えば空気が読めなかったのだなあとわかるものの、きっちりやりたがりの自分は大層苛められていた。その時に悟ったことは、頑張りたい人なんてそんなにいなくて、空気を読んでそこそこに生きないとつらい、ということだ。受験も終わり、部活も終わった自分は、卒業式までちゃんと登校できた日は一度も無かった。ちなみに高校も大学もちゃんと行けないままでした。
そんな感じで生きていた自分も一応きちんと教育された思念があって、アルバイトはちゃんと行っていたけど、それも1年くらいで飽きてしまうし、どうしようもない人生だったけど、メイリだけは4年も働いている。親にちゃんと就職しろ結婚しろと罵倒されながらも、天職だと言い続けている。オタクの情熱みたいなものが、今まで鬱屈と生きていた自身の中で、唯一の光みたいなもので、私はメイド喫茶というものに救われていたし、働く女の子もお客さんもみんなが救われる場所になればいいと思っている。けども、綺麗ごとだけではいかず、それ相応に気持ちを割いているから、嬉しいことも悲しいこともある。誰かの善意がすれ違って悪意になってしまうこともあるわけでして。どうするかって言えば、思いやりを持つしかないんだわな。それが唯一の着地点のクッションになることを願って。


誰かの過剰な前向きは、残りの人間の影をより一層濃いものにする。あの時の、中学三年生の時に感じた、無力感と同じ。そんなことを感じて、ひとりで動けなくなってしまった、春の始まりです。
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